| 2007/9/1 - 10/8 開催 |
<秋季企画展>「火焔土器前夜」の内容 |
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| 火焔土器前夜土器群 |
| (津南町城林遺跡出土資料) |
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| この土器群は、火焔土器の仲間たちです。その優美な火焔型土器群は、前夜に造られた土器たちが融合して変化することで生まれたと考えられます。火焔土器前夜の土器群に見られる要素が、どのように融合し変化したのかを考えることで、火焔土器出現の謎に迫ることができます。 |
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| 4段の雛壇に展示した土器群は、最上段に火焔型土器の仲間たち、以下3段には信州系と理解される土器群です。特に、最上段の中心に展示されている火焔型土器と王冠型土器は、国指定重要文化財です。これらと関連する土器群が、後沖式・焼町式(古相)や新巻類型と呼ばれる一群です。後沖式や焼町式は長野県の千曲川流域に分布の中心があり、新巻類型は群馬県の利根川上流域から中流域にあるといわれています。 |
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火焔型土器に認められる「眼鏡状突起」は、新巻類型や焼町式(古相)にも認められ、その表現も立体的で大きく、見方によっては精霊の顔を表現しているようにも見えます。
すなわち、火焔型土器を含む一連の土器群は、「精霊の物語」を器面に描いた「物語性文様」をもつ土器である可能性が指摘されています。 |
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| 新潟県から出土する当該期の土器群のうち、2割前後が縄文を多くもつ「東北系の土器」です。しかし、隣接する山形県や福島県の「東北系の土器(大木式土器)」と比較した場合、器形や文様に類似点はあるものの、相違点の方が目立ちます。特に、魚沼地方の東北系土器は、比較的福島県に類似するものの、より在地化が進んだ土器群のようです。 |
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| 北陸系土器には、深鉢形土器を中心に、浅鉢形土器、鉢形土器、そして台付き鉢形土器などがあります。ここでは、深鉢形土器について紹介します。口縁が平らな「平口縁」、縁が波立つ「波状口縁」に大別されます。平口縁の土器群は、バケツ状の形式や口縁部が膨らむ形式に分かれます。長岡市山下遺跡例のように口縁部の膨らみが「く」字状に屈曲して稜をもつものや、同様に膨らむもので稜をもたない道尻手遺跡例があり、器形の変化として注目されます。 |
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| 土器の大きさ(容量)は多様です。十日町市野首遺跡や富山県厳照寺遺跡などの深鉢は非常に大型で、ゆうに150人分の鍋物を作ることが可能であると推定できます。深鉢には大形もあれば、中形・小形もあり、煮炊きでも内容物が違っていたり、それ以外の用途も想定されます。 |
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北陸系土器で興味深いのは、蛇の精霊と推測される文様が口唇部にめぐる点です。蛇の顔は、粘土による造形と彫りこまれる三叉文や円文で表現されます。それらは具象的ですが、時間的な変遷や地理的伝播現象から、その具象的文様が抽象的文様へと変化します。その様子は、富山県〜新潟県〜山形県〜秋田県の日本海沿岸地域に広がる類似資料を比べて見ることで理解することができます。
村上市高平遺跡の小形土器は注目されます。それらは、中形・大形の多系統の土器を忠実に模倣したものです。同じような小形土器は、糸魚川市長者ヶ原遺跡などでも散見されます。 |
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| 細い竹のような植物を半截した工具を、器面に強く押し当て引くことで、断面がカマボコ状の平行線が生まれます。この文様を「半隆起線文」と呼びます。北陸系と呼ばれる当該期の土器は、この半隆起線文を多用するという特徴があります。これらの土器群には、火焔型土器の出現と関わる渦巻文や文様区画の祖形を見出すことができます。 |
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| 中越地方の各遺跡から出土している資料で、阿玉台式系譜の土器や後沖式土器、そして渦巻文の祖形などが観察できる貴重な資料群です。 |
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佐渡島から本土に向かって航海すると、一番初めに見える場所が弥彦山や角田山です。縄文時代中期前半期の越後と佐渡の土器群を比較した場合、瓜二つの土器や同じ型式の土器が組成しています。すなわち、佐渡と越後との地域間の交流が、「縄文航海術」を背景に行われていたと想定されます。
また、佐渡島の土器群には、遠くは山形や秋田との交流が想定される、縄を押し当てる東北系の土器が多く出土しています。越後の角田山山麓の新潟市大沢遺跡にも同様な土器群があります。 |
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北陸系土器あるいは東北系土器が、能登半島→佐渡島→粟島→飛島→男鹿半島を経由する「縄文漁民」や「移動先駆者」などによって、物や人が移動した可能性があります。
秋田県男鹿市大畑台遺跡では、変容は受けているものの関東系や北陸系の土器が稀に出土することがあります。さらに、越後の魚沼地方で作られたと推定される王冠型土器も発見されています。
日本海沿岸の陸上ルートも想定されますが、佐渡島などを経由する海上ルートを想定することで、壮大な地域間交流の実態が浮かび上がってきます。 |
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| 津南町堂平遺跡の国指定重要文化財「火焔型土器」は、重量感のあるどっしりとした優美な火焔型土器として有名です。この優美な火焔型土器が生まれる以前の火焔型土器は、小形鉢形の形態を中心として、文様の単位性や文様の定形性が定まらないという特徴があります。 |
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| 中越地方でも、関東地方の阿玉台式土器や勝坂式土器が、変容したかたちで出土します。その変容の背景には、人の移動やそれに伴う在地での土器製作など、複雑な背景が想定されます。人の移動の要因については、婚姻などが考えられますが、不明です。ヒダ状の文様を持つ土器は、北関東との関係が考えられる阿玉台式系譜の土器であり、他の土器群は、中部高地から南関東に分布の主体がある勝坂式系譜の土器です。 |
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北陸系の浅鉢形土器には、ソロバン玉状に屈曲するものと屈曲を持たないものの2種類があります。これら北陸系の浅鉢は、深鉢よりも広域的に広がり、かつ多量に出土する傾向があります。
用途としては、盛り付け具と考えられますが、一部では煮炊きに用いた事例も散見されます。しかし、赤色顔料を塗布しているなどの特色から、「神聖なる器」としての盛り付け鉢の可能性が考えられます。
北陸系の深鉢形土器は、半截工具による半隆起線文を多用し、蓮華文や格子目文、B字状文、爪形文など特徴的な文様が描かれています。 |
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東北系の浅鉢形土器は、線状や蕨手状に縄文原体を器面に押し当てる「縄文側面圧痕文」を特徴とします。また、北陸系の浅鉢形土器と比べて、容量がやや小さく、口縁が平ではなく、波状で、突起を有する事例が多いようです。
関東系の浅鉢形土器の復元資料は少ないようですが、各遺跡の破片資料を見ると、一定量が組成していたと推定されます。その特徴は、広く外反する口縁と折り返し口縁です。文様は、箆工具などによる角押文などの刺突系沈文で文様が描かれます。
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これらの深鉢は、縄文中期中葉を中心とする火焔型土器と同じ時期の北陸系の土器です。これらは斜めに垂下する懸垂文と半隆起線文を多用し、津南でも類似した土器が出土しています。
これらのうち、上段右3点は、東北地方北部に広がる「円筒上層式」と呼称される土器群です。土器の大きさや厚み、色、そして文様を比較してみてください。違いがわかるはずです。 |
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| 会期 |
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平成19年9月29日(土) 13:00〜17:00 |
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平成19年9月30日(日) 9:00〜15:00 |
| 会場 |
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マウンテンパーク津南 |
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〒949-8201
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新潟県中魚沼郡津南町上郷上田甲1745-1 |
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TEL
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025-765-2040
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| 問い合せ |
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津南町教育委員会
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文化財担当 TEL 025-765-2299
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